防災バッグは、たしか家にある。
玄関の収納か、押し入れの奥か、ひょっとすると車のトランクだったかもしれない。
中には水、乾パン、懐中電灯、アルミのシャカシャカする毛布。ホームセンターで一式そろえた記憶もある。
だから、わが家の防災対策は一応できている。
……と思っているオッサンは、ちょっと待ってほしい。
その水、いつの水やろう。
懐中電灯の電池は生きているやろうか。
モバイルバッテリーは、買ったときの30%のまま眠っていないか。
そもそも、本当にそのバッグを持って逃げられるのか。
防災バッグは、持っているだけでは家族を守ってくれない。大切なのは、「今の家族が使える状態になっているか」である。
9月は防災月間。
年に一度くらい、オッサンの腹まわりだけでなく、防災バッグの中身も見直してみよう。
防災バッグを買った瞬間、人はなぜ安心してしまうのか
防災グッズを買った日の達成感は、なかなかのものだ。
水を入れた。
非常食を入れた。
ラジオも入れた。
軍手も笛も入れた。
これで何かあっても大丈夫。
そんな気分になる。
しかし、防災バッグを作ることはゴールではない。たとえるなら、スポーツジムに入会しただけで腹筋が割れた気になっている状態だ。
バッグの中身には期限がある。家族の状況も変わる。
子どもは成長し、必要な衣類のサイズも変わる。飲んでいる薬が増えることもある。引っ越しや勤務先の変更で、避難経路や家族の集合場所も変わる。
数年前に作った完璧な防災バッグが、今も完璧とは限らない。
むしろ、何年も開けていないバッグほど、「安心感だけを保管している袋」になっている可能性がある。
まずは防災バッグを玄関に出してみる

最初にやることは、難しくない。
防災バッグを出して、床に中身を全部並べる。
「また今度やろう」と思うと、その“今度”は災害のあとに来るかもしれない。この記事を読み終わったら、とりあえずバッグを引っ張り出してほしい。
そして、次の項目を確認してみよう。
食料と飲料水の期限
非常食や保存水にも、当然ながら賞味期限がある。
缶詰は大丈夫そうに見えても、期限が切れていたり、缶が変形していたりすることがある。長期保存パンも、永久保存パンではない。
期限が近いものは、捨てずに一度家族で食べてみるといい。
非常時に初めて口にして、
「これ、思ってたより口の中の水分を全部持っていくな……」
と気づいても遅い。
子どもが食べられる味か、開封しやすいか、水がなくても食べられるか。その確認も立派な防災訓練になる。
乾電池とライト
懐中電灯は、一度必ず点灯させる。
電池を入れっぱなしにしていると、液漏れして使えなくなることもある。予備電池の種類と本数も確認しておこう。
できれば、両手を空けられるヘッドライトも便利だ。
暗闇の中、片手に懐中電灯、もう片方の手で子どもを連れて、さらに防災バッグを背負う。オッサンに腕が三本あれば別だが、残念ながら二本しかない。
モバイルバッテリー
持っているだけで、充電されていなければただの少し重い板である。
満充電にして、ケーブルもセットで入れておく。家族のスマートフォンに合う端子かどうかも確認したい。
古い機種用のケーブルだけが入っていると、非常時に昔の思い出しか充電できない。
薬と衛生用品
常用薬がある人は、薬の種類と保管方法を確認する。
薬そのものを長期間入れっぱなしにするのが難しい場合は、薬の名前、服用量、病院名、緊急連絡先を書いたメモを入れておくだけでも違う。
ほかにも、家族に合わせて次のものを見直したい。
- マスク
- ウェットティッシュ
- 消毒用品
- 生理用品
- 紙おむつ
- 眼鏡やコンタクト用品
- 携帯トイレ
- 子どもの安心材料になる小さなおもちゃ
防災グッズは、世間の標準より「わが家に必要か」で選ぶ方がいい。
内閣府も、重すぎて持ち出せない非常持出袋では意味がなく、家族に合った物を選ぶことが大切だと紹介している。
防災バッグと自宅の備蓄は、別物である
ここは意外と混同しやすい。
防災バッグは、危険が迫ったときに持ち出すもの。自宅備蓄は、自宅で数日間生活するためのものだ。
一つのリュックに家族全員分の水と食料を詰め込もうとすると、とんでもない重量になる。
試しに水だけで考えてみよう。
公的な防災情報では、飲料水は一人1日3リットル、最低3日分、できれば1週間分の備蓄が目安とされている。4人家族なら、3日分だけでも36リットルになる。
36キロである。
これを背負って走れるオッサンは、防災より先に「SASUKE」への出演を検討した方がいい。
だから、役割を分ける。
持ち出し用
避難するとき、すぐ持って出る最小限のもの。
自宅備蓄用
断水や停電、物流の停止に備えて、自宅で生活するための水、食料、トイレ用品、カセットコンロなど。
最低3日分、できれば1週間分が一つの目安だが、最初から完璧を目指さなくてもいい。
普段食べているレトルト食品、缶詰、乾麺、飲料水などを少し多めに買い、古いものから使って、使った分だけ補充する「ローリングストック」なら続けやすい。
非常食だけを7日分そろえなくても、冷蔵庫、冷凍庫、食品庫を合わせれば、すでに何日分かは眠っている。
まずは「あと何日分足せばいいか」を考えればいい。
水と食料より先に困るかもしれない「トイレ問題」
防災用品というと、水や食料ばかりに目が行く。
しかし、断水した瞬間から始まるのがトイレ問題だ。
食事は少し我慢できても、トイレは家族全員が毎日使う。水が流れないからといって、何度も便器にためてしまうと、衛生状態も一気に悪くなる。
携帯トイレや簡易トイレは、防災バッグだけでなく自宅にも多めに備蓄しておきたい。
目安を考えるときは、
「家族の人数×1日の使用回数×備える日数」
で計算する。
数字にすると「そんなに要るのか」と少し引くが、家族全員のトイレを根性論で止めることはできない。
消臭袋、トイレットペーパー、ウェットティッシュも一緒に保管しておこう。
家族を守るのは、バッグより「避難の打ち合わせ」
防災バッグの中身が完璧でも、家族がバラバラの場所にいるときに災害が起きたらどうするのか。
父は仕事。
母は買い物。
子どもは学校や習い事。
災害は、家族がリビングに集合している日曜の昼下がりを選んで起きてくれるわけではない。
最低限、家族で次のことを決めておきたい。
- 自宅周辺の避難場所
- 避難場所までの安全な経路
- 自宅に戻れない場合の集合場所
- 電話がつながらない場合の連絡方法
- 子どもの引き取り方法
- 離れて暮らす家族への連絡担当
- ペットをどう避難させるか
集合場所は、「近くの小学校」だけでは少し曖昧だ。
「○○小学校の正門横」のように、具体的な場所まで決めておく方がいい。状況によってそこへ行けない場合に備え、第2候補も決めておく。
家族会議といっても、スーツを着て議事録を取る必要はない。
夕食のときに、
「もし今日の夜に大きな地震が来たら、みんなどこに集まる?」
と聞くだけでいい。
子どもから「パパはまずビール持って逃げそう」と言われたら、防災意識と家庭内評価の両方を見直す機会になる。

ハザードマップは見たことがある、で終わらせない
自治体のハザードマップでは、自宅周辺の洪水、土砂災害、高潮、津波などのリスクを確認できる。
ただし、地図を一度眺めて終わるだけでは足りない。
確認したいのは、次の3点だ。
自宅には、どんな危険があるか
川の近くでなくても浸水する可能性はある。傾斜地では土砂災害、海沿いでは津波や高潮も考えなければならない。
避難場所までの経路は安全か
最短ルートが、必ずしも安全なルートとは限らない。
川沿い、地下道、崖の近く、冠水しやすい道路などを通らない経路も考えておく。
いつ避難するか
大雨や台風では、「危なくなってから逃げる」のでは遅い場合がある。
気象庁の「キキクル」では、土砂災害、浸水害、洪水災害の危険度を地図上で確認できる。自宅や家族の勤務先、離れて暮らす親の地域などを登録できる通知サービスもある。
警報が出てから慌ててアプリを探すのではなく、平常時に一度開いて見方を確認しておこう。
オッサンは新しいアプリを入れると、それだけで使いこなした気になる傾向がある。インストールの次に、もう一歩だけ進もう。
オッサン一人で管理しない
家族を守ろうとすると、つい父親が全部そろえて、全部知っておけばいいと思いがちだ。
だが、災害時に自分が家にいるとは限らない。
防災バッグの場所、備蓄品の場所、ブレーカーやガスの扱い、避難場所、連絡方法。これらは家族全員が知っている必要がある。
「俺が何とかする」は、一見頼もしい。
ただ、本当に家族を守るなら、「俺がいなくても家族が動ける状態」にしておく方が強い。
子どもにも、自分用の小さな防災ポーチを用意してもらうといい。笛、ライト、連絡先を書いたカード、小さなお菓子など、年齢に合わせて自分で選ばせる。
防災を怖い話だけにせず、「わが家の準備」として一緒に考えることが大切だ。
9月にやる防災見直しチェックリスト
全部を一日で完璧にしなくてもいい。
まずは、次の項目を一つずつ確認してみよう。
- 防災バッグの置き場所を家族全員が知っている
- 実際に背負って歩ける重さになっている
- 水と非常食の期限を確認した
- 懐中電灯が点灯する
- 予備電池の種類と本数が合っている
- モバイルバッテリーを充電した
- スマートフォンに合うケーブルが入っている
- 常用薬と服薬情報を確認した
- 家族に必要な衛生用品を入れた
- 携帯トイレを備蓄した
- カセットコンロとボンベを確認した
- 自宅の水と食料の備蓄日数を確認した
- ハザードマップで自宅周辺の危険を確認した
- 避難場所と避難経路を家族で共有した
- 家族が離れている場合の連絡方法を決めた
- 子どもの学校や園の引き取りルールを確認した
- 離れて暮らす親の避難先を確認した
- 半年後に見直す日をスマートフォンへ登録した
これだけ並ぶと、少し面倒に見える。
しかし、まず今日やるのは三つでいい。
「防災バッグを出す」
「ライトをつける」
「食料の期限を見る」
そこまでできれば、もう見直しは始まっている。
防災は、家族への“地味な愛情”である
防災対策をしても、すぐに誰かが褒めてくれるわけではない。
防災バッグの中身を入れ替えても、インスタ映えはしない。携帯トイレを買い足しても、家族から拍手が起こる可能性は低い。
むしろ、
「また荷物増えたやん」
くらいは言われるかもしれない。
それでも、何も起きていないときに準備するのが防災である。
家族を守るというのは、災害が起きた瞬間に突然ヒーローになることではない。
水を買っておく。
電池を替えておく。
避難場所を確認しておく。
子どもや親の事情を想像しておく。
そんな地味な作業の積み重ねだ。
防災バッグを作った過去の自分は、ちゃんと偉い。
ただし、その功績だけで今後10年を乗り切ろうとするのは少々厚かましい。
今年の9月は、押し入れの奥に眠っている安心感を、もう一度「使える備え」に戻してみよう。
家族を守るオッサンは、災害が起きてから慌てて変身するのではない。
何もない日に、黙ってモバイルバッテリーを充電しているのである。