――青春は美化され、注文はあっさりしていく。

「久しぶりに飲まへん?」

旧友から届く、たった一行のLINE。

仕事の連絡なら、日程と目的と所要時間を確認するのに、この一行には妙に心が動く。

最後に会ったのは、ついこの前の気がする。

履歴を見たら、3年前だった。

オッサンの「この前」は、油断すると元号をまたぐ。

仕事、家族、日々の用事。「落ち着いたら飲もう」と言い続けているうちに、落ち着く前に老眼が始まっていた。

だからこそ、たまには会いに行こう。

少し腹が出ていても。髪型に事情が生まれていても。

向こうも、だいたい同じである。

待ち合わせ5分で、あの頃に戻る

「お前、変わらんなあ!」

会った瞬間、だいたいこう言う。

もちろん、変わっている。

腹回りも、額の奥行きも、階段を上がったあとの呼吸も。それなりに年月の仕事が入っている。

それでも、笑い方や声の調子、こちらを見つけて片手を上げる仕草には、昔のままのものがある。

その瞬間、頭の中で時間が巻き戻る。

会社では役職があり、家では父親で、普段はそれなりにちゃんとしている男たちが、昔のあだ名ひとつで雑に扱われる。

「おい、遅いぞ」

「お前にだけは言われたないわ」

近況報告より先に、昔の立ち位置が復活する。

肩書きを脱ぐのに、更衣室はいらないらしい。

昔話は、何回聞いてもだいたい面白い

一杯目が届く頃には、もう始まっている。

「あのとき、お前さあ」

そこから先は、何度も聞いた話だ。

終電を逃した夜。
好きな子に格好をつけて失敗した話。
なぜか全員で本気になった、しょうもない勝負。
当時は大事件だったのに、今思うと説明に困る揉め事。

しかも、語られるたびに少しずつ壮大になる。

歩いて帰った距離が延び、怒られた先生の迫力が増し、飲んだ量はついに人間の限界を超える。

「いや、そこまでちゃうやろ」

「そうやったって!」

記憶の照合作業のはずが、全員で脚色に参加している。

ただ、あの頃の空気だけは妙に鮮明だ。

くだらないことで腹が痛くなるほど笑って、明日のことを今ほど深刻に考えず、誰かの家に意味もなく集まっていた。

あの時間には、予定表に書くほどの目的がなかった。

今になって思う。

目的がなくても一緒にいられた関係は、なかなか贅沢だったのだ。

居酒屋で昔の写真を見ながら笑う中年男性3人と、背景に重なる若い頃の思い出。
話すたびに少し盛られる青春。それでも、あの頃の笑い声は変わらない。

青春の話から、いつの間にか健診の話へ

ところが、青春に戻っていられる時間は案外短い。

「最近どうなん?」

この一言から、話題は急に現在地へ着陸する。

仕事のこと。子どものこと。親のこと。

そして、健康診断のこと。

昔は好きな子の名前を小声で話していたのに、今は検査数値を小声で打ち明けている。

「あれ、去年より上がっててな」

「お前もか」

何が「お前もか」なのか分からないが、連帯感は強い。

メニューにも変化がある。

昔は「唐揚げ追加!」だった男が、おもむろに冷ややっこを頼む。

「刺身、盛り合わせにしとく?」

「ええな」

誰も異議を唱えない。

胃袋の会議は、ずいぶん穏健になった。

それなのに気持ちだけは昔のままで、「まだ全然いける」と言ってしまう。

そして翌朝、体から正式な抗議文が届く。

旧友と会う日は、つい張り切る。けれど、あの頃と同じ量を飲めるかどうかで友情が決まるわけでもない。

途中で水を頼んでも、先に帰ってもいい。

翌日まで機嫌よく過ごせたら、その飲み会はかなりの成功だ。

「昔のお前」を知っている人の、ありがたさと厄介さ

旧友は、自分の格好悪い時代を知っている。

背伸びしていたことも、振られたことも、根拠のない自信だけで生きていたことも。

だから、今さら立派に見せようとしても限界がある。

少し仕事の話を格好よくまとめても、

「お前がそんなこと言うようになったんやな」

で終わる。

なかなか手厳しい。

でも、案外それが心地いい。

普段は、頼られる側に回ることが増える。知らないと言いにくいし、弱音を吐くにも前置きがいる。

そんな中で、

「いやあ、最近ちょっとしんどくてな」

と、うまく整理できていないまま話せる相手は貴重だ。

すぐに解決策が返ってこなくてもいい。

「そっか。そら大変やな」

その一言で、肩が少し下がる夜がある。

ただし、昔を知っているからこそ、気をつけたいこともある。

「あいつは昔からこうや」

便利な言葉だが、相手を昔のままに閉じ込めてしまうことがある。

昔は頼りなかった友人が、今は家族を支えているかもしれない。

ふざけてばかりいた男が、誰にも言わず苦労を重ねてきたかもしれない。

懐かしい相手にも、こちらの知らない年月がある。

今のあいつの話を、もう一杯分だけ聞いてみる

せっかく会えたのだから、昔話の合間に聞いてみたい。

「で、最近は何が面白いん?」

これが意外といい。

仕事で何をしているか、子どもが何年生か。そんな近況確認とは、少し違う話が出てくる。

急に釣りにハマっていたり、料理を始めていたり。

昔は体育の時間を嫌がっていた男が、休日に山を登っていたりする。

「なんでまた?」

「いや、それがな」

そこから語り出す友人は、少し新鮮だ。

こちらも、「もうこの歳やし」で片づけていたことを話してみる。

やってみたいこと。
最近覚えたこと。
実は、まだ諦めきれていないこと。

普段の付き合いだと照れくさい話も、昔からの友人には案外ぽろっと言える。

「お前、それやったらええやん」

何十年も前、しょうもない挑戦をあおってきた男が、今度は少しだけ背中を押してくれる。

相変わらず無責任な言い方なのに、妙に効く。

「また飲もう」を、社交辞令で終わらせない

夕暮れの居酒屋の前で、中年男性4人が笑顔で手を振り、別れを惜しむイラスト。
次は3年後と言わず、近いうちに。昼飯でも、コーヒーでもいい。

楽しい時間は早い。

会計の頃には、必ず誰かが言う。

「今度は、あいつも呼ぼうや」

「せやな。また近いうちに」

ここで安心すると、次は3年後になる。

オッサンの「近いうち」は、なかなか手ごわい。

だから、きっちり日程まで決めなくても、

「年内にもう一回な」
「次は昼飯でもええな」

くらいは、少し具体的にしておく。

夜遅くまで飲まなくてもいい。コーヒーでも、昼の定食でもいい。

昔と同じ集まり方にこだわると、会えなくなることもある。

今の暮らしに合う形で、付き合いも変えていけばいいのだ。

帰り道、さっき撮った集合写真を見返す。

思っていたより全員オッサンで、ちょっと驚く。

撮る前には、誰もそんな顔をしているつもりはなかった。

でも、笑っている。

それぞれに事情があって、昔ほど身軽ではなくて、それでも時間をつくって集まった顔だ。

悪くないな、と思う。

昔の話でさんざん笑って、今の友人を少し知って、自分も何かやってみようかと思えた。

そんな夜なら、十分にアップデートできている。

さて、あいつにLINEでも送ろうか。

「久しぶりに飲まへん?」

ただし、集合時間は少し早めで。

翌日もある。それが、俺たちの現在地である。

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会員限定のあとがき

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